記憶はどこからやってきてどこへいくのか

 

娘っこの体調もすっかり良くなって

久しぶりの登園。

そして久しぶりのパート。

1週間くらい行っていないと

ちょっとの仕事でも体が重たくなってきますね。

 

今日は気持ちのいいくらいの秋晴れの日。

暖かい日差しに心地よい涼しい風。

これが秋ですよね〜最高です。

記憶はどこからやってきてどこへいくのか

昔の記憶があまりないわたし

実を言うと、昔の記憶とか思い出って

すぐに薄れていくタイプの人間なんです。

 

学生時代にどうやって過ごしていたとか

ぼんやりとは覚えているのですが、

事細かに何をしたとかって覚えてない。

 

中学生の時の友人で、

友人が行ったジャニーズのコンサートの

最初から最後までどんなことをしてどうしたとか

何何くんがその時にこうしたとか

全部まるまんま覚えている子がいて

そんな馬鹿な!って思ったことがありました。

みんなそんなに記憶力がいいものなの?と。

わたしって何でもかんでも忘れすぎじゃない?と思って

焦っていた時期もあります。

 

物事に無頓着?それとも前向きだから?

なぜ昔の思い出とか記憶を忘れていくのか。

それは物事に対してあまり執着がないからなのかもしれません。

そう考えるとなんて薄情なやつなんだって思えますが、

逆に言うと、昔に惑わされずに今や未来を見て生きている!とも

とれるかもしれません。(オーバーだなあ)

 

何かをしたってよりも

何かをして楽しかったとか嬉しかったとか

そういったことの方が記憶として残っているのかも?

ざっくりと小学生時は楽しく過ごせていたなあとか

あの頃は大変だったなあとかって記憶はあります。

具体的に何が楽しくて何が大変だってのは

覚えてないんですけどね。

 

動的平衡の話

高校生くらいの時から

福岡伸一さんの著書をぽつらぽつら読んでいたことがありました。

当時はあまり理解で来ていませんでしたが

大人になって読み返して段々と意味がわかってきたり、

まだわかっていなかったり。笑

 

「生物と無生物のあいだ」という本で、

砂のお城に例えて、

実際に見えているものは何も変わっていないように見えるが

実は中身は全て変わっていると言うことを説明している箇所があります。

そこから、人間も絶えず細胞が生まれて死んでを繰り返しているので

常に同じ人間というわけではなく、中身は全てすり替わっている

といった話が出てきます。

 

 

確かに、そうなんですが、不思議ですよね。

生きているものは生きる活動をするために

常に細胞は生まれて死んでを繰り返していく

必要があるんですが、

そうやって新しい細胞になっているはずなのに

昔の記憶とかはちゃんと残っている。

細胞は全て別なものになったとしても

わたしはわたし。

こんなことを考えているとなんとも不思議な気持ちになります。

わたしの記憶が薄いのもそりゃそうだって妙に納得しちゃいます。笑

 

また、本を読み返して

新しい発見や不思議な気持ちに浸ってみようかしら?

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